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県外在住サラリーマンがローンでキャンプキンザーの軍用地を買った話その⑤~キンザー返還から土地が使えるようになるまでの流れと期間~

キャンプキンザーの空撮画像 沖縄

沖縄県外在住のサラリーマンである私がキャンプキンザー(牧港補給地区)の軍用地を買った記録第5弾です。今回はキャンプキンザーが返還された後、土地が使えるようになるまでの流れと期間について予想してみました。前回までの記事は下記をご覧ください。

県外在住サラリーマンがローンでキャンプキンザーの軍用地を買った話その①~軍用地を買うに至った経緯と軍用地投資のメリット・デメリット~
県外在住サラリーマンがローンでキャンプキンザーの軍用地を購入した話をまとめました。第1弾は購入に至った経緯と軍用地投資のメリット・デメリットについて。
県外在住サラリーマンがローンでキャンプキンザーの軍用地を買った話その②~キンザーの概要と他の軍用地との比較~
県外在住サラリーマンがローンでキャンプキンザーの軍用地を購入した話をまとめました。第2弾はキャンプキンザーの概要と他の返還予定軍用地との比較について。
県外在住サラリーマンがローンでキャンプキンザーの軍用地を買った話その③~キンザー返還計画の進捗状況~
県外在住サラリーマンがローンでキャンプキンザーの軍用地を購入した話をまとめました。第3弾はキャンプキンザーの返還計画の進捗状況について。
県外在住サラリーマンがローンでキャンプキンザーの軍用地を買った話その④~キンザー返還後の開発計画~
県外在住サラリーマンがローンでキャンプキンザーの軍用地を購入した話をまとめました。第4弾はキャンプキンザー返還後の跡地利用基本計画について。
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キャンプキンザー返還跡地が使えるようになるまでの流れ

キャンプキンザーが返還後、土地が使えるようになるまでどのような流れになるかはまだ決まっていません。

このため、最近あった基地跡地の返還事例をもとに勝手に予想してみます。

キャンプ桑江北側地区返還の流れ

キャンプ桑江北側地区は、現在の北谷市役所周辺のエリアで、現在も区画整理が進められています。琉球大学医学部など公共施設が多くを占める西普天間住宅地区(キャンプ瑞慶覧)と比べて民間使用エリアが多いので、同じく民間使用エリアが多くなると思われるキャンプキンザーの跡地利用にも参考になると思います。

返還後の大まかな流れは以下の通りとなります。

  • 2003/3月 キャンプ桑江北側38.4haが返還
  • 2004/3月 土地区画整理事業が認可
  • 2004/9月 地権者へ土地が引渡し
  • 2008/3月 土地区画整理事業計画変更
  • 2013/3月 土地区画整理事業計画変更
  • 2011/9月 第1期使用収益開始
  • 2013/3月 第2期使用収益開始
  • 2015/3月 土地区画整理事業計画変更
  • 2018/1月 第3期使用収益開始
  • 2019/5月 第4期使用収益開始
  • 2021年? 区画整理事業完了?

これをみると、返還の翌年に区画整理事業が認可され、土地が引き渡しされていることがわかります。もっとも、そのままでは土地は使えませんので、区画整理が進んだ2011年以降(返還から7年以上後)、順次、土地が使用できるようになっています。

また、現時点で全ての土地が使用できるようになっているわけではなく、区画整理の終了までには返還から17年超の歳月を要していることになります。

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基地面積と返還スピードの関係

また、ちょっと古くなりますが、これ以外の基地跡地の土地返還から事業完了までの期間をまとめてみました。

  • 那覇新都心地区(192.6ha)は基地返還から6年後に区画整理事業開始、そこから13年かけて区画整理が行われ、合計19年かかりました。
  • 小禄金城地区(99.1ha)は基地返還から3年後に区画整理事業開始、そこから9年かけて区画整理が行われ、合計12年かかりました。
  • ハンビー飛行場跡地(42.5ha)は返還から3年後に区画整理事業開始、そこから6年かけて区画整理が行われ、合計9年かかりました。

地主の数にも左右されるとは思いますが、基本的に広ければ広いほど時間がかかります。また、不発弾処理や土壌汚染等によって区画整理が遅れることもあります。普通に考えると、キャンプキンザーは那覇新都心よりも広いですので19年以上の年月がかかる可能性があります。

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結局キンザーの返還にはどれくらいの期間がかかるのか

大まかな流れはキャンプ桑江のような流れになると思われますが、その期間については非常に不透明感が強いです。那覇新都心の例から考えれば20年以上の可能性もありますが、実はそうとも言い切れません。

というのも、2012年に跡地利用推進法という法律が施行され、基地返還跡地の利用がスムーズに行くように様々な施策が講じられているためです。

公共用地の先行取得

那覇新都心地区での区画整理事業が遅れた理由の1つとして、地権者が多く公共用地の取得が難航したことが挙げられています。上述した推進法の元では、こうした状況を回避すべく、自治体が先行して公共用地を取得できるようになっています。

浦添市でも、既に公園・緑地用地50haを取得する予定としており、概ね順調に取得が進んでいるようです。また、今後は学校用地の取得を始めるとのことです。

早期返還・跡地利用推進に関する政治的要請

菅総理は官房長官時代から沖縄を頻繁に訪れ、基地の早期返還等の施策を進めてきました。首里城が燃えた後も来沖し、現場の状況等を確認していました(親戚の結婚式会場でたまたま目撃)。

このように、菅総理は沖縄振興や基地返還には強い意欲を持っていますし、キンザーの早期返還・開発に関しては浦添市の松本市長から総理へ直談判され、日米首脳会談で菅総理がバイデン大統領に早期返還を要請したという報道も出ています。

こうした中で、実際に那覇軍港の浦添移設や民港の形状案の検討なども着々と進んでいます。これがどれくらい基地返還・跡地開発に影響するかは未知数ですが、少なくとも追い風であることは間違いないです。

高水準の沖縄振興予算

上記とも関連するかもしれませんが、10年ほど前から沖縄には年間3,000億円規模の沖縄振興予算が投じられています。その理由はこじれた辺野古問題への配慮などと色々なことが言われていますが、結果として投入されているお金が増えているのは事実です。そして、これによって土地の先行取得や区画整理事業が進められます。

那覇新都心の区画整理等が行われていた時期と比べれば予算も大幅に増額されていますので、相対的に早く事業が進む可能性があります(ただし、これから基地返還が相次ぐことに伴って複数の区画整理案件が並行して進んで行く点には注意が必要)。

まとめ(勝手に予測)

キンザーは那覇新都心と比べても広大かつ地主数も多いという悪条件ではありますが、前述の通り、土地の先行取得が進んでいることや、この間沖縄振興予算が増額されていることなどを踏まえると、遅くとも新都心並み(返還後19年以内の区画整理完了)が見込めるのではないでしょうか。

この間、おそらく国道58号線沿い、或いは屋富祖交差点あたりから東西に横断する幹線道路沿いから開発が進むと思われますので、これらのエリアでは返還後10年ほどで土地を使えるようになるかもしれません。

あくまで希望的観測ですが、返還後に土地が使える日が来るのが楽しみですね。次回は我が家が購入した軍用地について書いてみます。

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